東京高等裁判所 昭和31年(う)3023号 判決
被告人 海老名謙一 外一名
〔抄 録〕
原判決書によれば、原判決は、その理由において、罪となるべき事実として、「被告人海老名謙一は東京水産大学の教授にして水産動物学の講座を担当し被告人宇野寛は同大学文部教官助手にして安房郡天津小湊町内浦七番地所在の同大学の小湊臨海実験場の主任として勤務し同大学学生の水産動物学増殖学の実習及び潜水実習の指導教官なるところ被告人両名は同大学講師猪野峻、同大学助手補増田辰良と昭和二十九年六月二十日付を以て同大学々長より同大学増殖学科第三年次第二コース(増殖課程)伊藤国彦、旭寛爾外二十五名の小湊実験場における水産動物学の実習及び潜水実習の指導教官を命ぜられ同年七月二十八日学生二十七名を引卒して右実験場に到り伊藤国彦、旭寛爾外十一名のA班の学生を同年八月一日より実験場東海岸に設けある潜水台を中心としてその東北方内浦湾海中において浅利式潜水器を使用して潜水実習を行い、翌八月二日午前九時よりは同所においてアクアラング潜水器により潜水実習をなさしめたるが浅利式潜水器は潜水中潜水者に陸上よりゴム管にて空気を送る装置が為しあり、ゴム管は長さ二十米余にして潜水者の潜水範囲はゴム管の長さに限定されていて潜水中の生命の危険極めて稀であるがアクアラング潜水器は潜水者自身圧搾空気を充填したタンクを背負いて潜水しこれより気管を通じて口中に空気を吸入しガスを他の気管により海上に排出する装置であるためこれを使用し潜水すれば陸上よりの制限なきため自由自在に水中を遊泳し得るがその方向を過り遠隔の地域に到り又は長時間潜水して後浮揚する場合は疲労のため独力で陸地に帰還し得ない者もあり同大学の此の潜水器による実習は最初の試みで学生が何等の経験を有しないもの故実習指導者としては実習の際の万一の危険を予想しこれを防止するために監視船を用意し実習学生が潜行するときは海面に浮揚する気泡を追い監視船を進め潜水者が浮揚して救助を求めた場合には即時これを救助し得る措置を採る等の業務上の注意をなすべき義務あるものにして八月二日午前中の潜水実習には指導教官増田辰良助手補を監視船に乗船せしめて監視に当らしめたが同日午後二時三十分より同所において実習を再開し同二時五十分学生伊藤国彦同旭寛爾にアクアラング潜水器をつけさせ潜水台より東北方六十米、水深十五米の海中に向け潜水実習を開始した際には同様増田助手補を監視船により監視に当らしむべきものなるに拘らず偶々潜水台附近に接近し来つた漁船源蔵丸(三頓)が舵を破損し航行不能となり沖合へ曳航するため右監視船の貸与を求めに来たときすでに両学生が潜水した後で正に監視につかしむべきときで従つて曳航のためこれを貸与し得ないものなることを熟知しながら被告人宇野寛は潜水台より源蔵丸に泳ぎ着き源蔵丸のロープを監視船に投入れこれに乗船していた増田助手補にその左舷クラツチに連絡せしめ恰も監視船を貸与するかの如き態度を採りたるため源蔵丸の漁夫黒川要外一名が右監視船に乗船し来り該船の櫓を漕ぎ源蔵丸を沖に向け曳航し始めたので直ちにこれを中止せしむべきものなるに、これをなさず又被告人海老名謙一は漁夫等の此の行動を潜水台より現認していたので実習指導の全責任者として被告人宇野、猪野講師等を指揮して直ちに曳航を止め監視につかしむべきにこれを放任した結果監視船は黒川等に占拠されて源蔵丸を曳航しつつ潜水台東北方五百米の海上に持ち去らるるに至り茲に漸く狼狽し伊藤、旭両学生が浮揚して救助を求めた場合の対策に焦慮中同日午後三時三分頃伊藤国彦(伊藤潜水後十三分)が潜水台の東南方約五十米の海上に浮揚し潜水台に向つて手を挙げ且つ呼び救助を求めたるが監視船なきため被告人宇野寛は海中に飛び込み伊藤の救助に赴きたるも伊藤が浮揚しおる箇所に到着せざる内に伊藤は疲労のため僅か三、四十秒後に再び海中に没し遂に同人を溺死するに至らしめ伊藤国彦が海中に没したる後三分にして同日午後三時七分にして同日午後三時七分頃旭寛爾(同人の潜水後十七分)が伊藤の浮揚地点より更に沖合十米の海上に浮揚して潜水台に向け手を挙げて救助を求めたるも監視船なきため救助し得ず同所附近を遊泳中の被告人宇野が用意していたロープを旭に握らしめ潜水台まで曳行せんとしたるも同人も極度に疲労していたため途中にて浮揚不能に陥り海中に没し遂に同人をも溺死するに至らしめたものである。」との事実を認定判示しているところ、これに対して所論は、右は原判決が事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張し、その理由を一、二、三、の三項にわたつて論述するにより、当裁判所は、便宜上右の順序を変更し三、一、二、の順序により、それぞれこれに対する判断を示すこととする。
事実誤認の主張の三、について。
所論は、原判決は、被告人海老名謙一に潜水実習指導について注意義務があるというのであるが、同被告人は、教授として本件の小湊臨海実験場における実習の総合的実施計画の決定には責任を有していたが、潜水実習指導には何らの職務も権限もなかつたのである。同被告人は、動物学の教授で、動物学の実習指導を命ぜられたものであつて、専門外の潜水実習の指導教官ではない。潜水実習は、専門家である猪野講師が指導教官であつたのである。学校教育法によれば、助教授、講師は、教授の職を助けることに定められているが、これは同一講座あるいは学科目について教授、助教授、講師の縦の教員組織が存在する場合の服務関係であつて、本件の如く動物学実習と潜水実習と専門分野を異にする場合、当該実習そのものに関しては、海老名教授と猪野講師とは各独立し、かつ最高の責任を負うものである。本件のときも、A班の潜水実習中被告人海老名は、研究室においてB班の動物実習を指導しており、潜水実習は、猪野講師が指導していたのである。同被告人は、偶々動物実習の合間に、潜水状態を傍観すべく、潜水基地に来合わせたのであり、潜水実習の指導監督のためではない。なお、原判決は、被告人らが監視船を潜水海域より遠ざけたことが注意義務に違反するというが、監視船の責任者は、指導教官増田辰良助手補であつて、被告人宇野には、監視船についての職務上の義務はなかつたのである。被告人宇野は、当時アクアラング潜水具の空気充填、その他機械の整備、点検等潜水実習そのものを担当しており、災害予防等の監視船の任務は、増田辰良助手補が担当していたのであり、両名とも、猪野講師に命ぜられて、同講師の実習指導を分担して補助していたものであるから、被告人両名は、いずれも本件につき原判示のような業務上の注意義務がなかつたものである旨を主張する。よつて考察するに、被告人海老名が東京水産大学における水産動物学の教授であり、猪野講師が同大学における潜水実習の指導教官であつて、本件の問題を起した小湊臨海実験場における実習に際しても、水産動物学の実習は、被告人海老名が担当し、潜水実習は、猪野講師が担当したものであることは、記録に照らし所論のとおりであるけれども、原判決援用の関係証拠を総合するときは、右小湊臨海実験場における実習については、被告人両名と右猪野講師及び増田辰良助手補の四名がいずれも原判示のように昭和二九年六月二〇日付をもつて同大学々長より指導教官を命ぜられたものであつて、被告人海老名は、水産動物学の実習を担当すると同時に、右全実習の総括的責任者であり、他の三名の教官らも内部的には、それぞれ所論のような分担が一応定められてはいたけれども、その実習の実施に際しては、事柄の性質上、各関係教官が一体となつて協力し、互に助け合つてその目的達成に努力すべき業務上の義務があつたものと認めるのが相当であると考えられるところであるから、本件で問題となつた源蔵丸の漂流事件のような実習の妨害となるべき偶発事故の発生に際しては、各関係教官が互に協力してその妨害の排除に努めなければならない業務上の義務があるものといわなければならない。してみれば、前示実習の総括的責任者であり、しかも、本件事故発生当時潜水実習の現場に立ち会つていて、どのような指揮監督をもなし得べき立場にあつた被告人海老名はもちろん、潜水実習につき猪野担当講師の助手として直接の指導教官の立場にあつた被告人宇野も、共に本件において源蔵丸漂流事件にからむ監視船の問題につき業務上必要な注意義務を免れることはできないものというべく、従つて、被告人両名には、いずれも本件につき業務上の注意義務がなかつたとする所論は採るを得ない。
同主張の一、について。
所論は、原判決は監視船に源蔵丸を曳航せしめたことが注意義務に違反するというけれども、かくすることが潜水学生の生命の危険を防止するために必要かつ唯一の方法であつたのである。本件当日旭、伊藤両学生が潜水し始めたのは、午後二時五〇分であつて、その後一、二分経つて、被告人らは、大藤源蔵所有の漁船源蔵丸が舵を破損して潜水海面近くに漂流しているのを発見したのであるから、その時刻における旭、伊藤両学生の潜水位置は、時間的にみて潜水基地より約三〇米を潜降していたと推定せられる。両学生の実習は、誘導ロープを引き延ばす作業であつて、両学生が作業終了後浮上するのは、その作業量から考え、最長時間一〇分後に予め準備設置した五〇米の誘導ロープの先端からほぼ直角に沖合へ二〇米延ばしたロープの先端を中心に半径約二〇米の海域と指定されるから、もし、源蔵丸を放置すれば、この海域にエンヂンをかけたまま漂流することが十分に予測されたのであり、こうしてこの海域に船が漂流することは、潜水者がこの突然の障害物(漂流船及びその推進器の回転音)に驚き、ために潜水技術の中で最も大切かつ熟練を要する浮上速度の調節を誤り、あるいは、漂流船のスクリユーに身体がからまり、あるいは、船底に身体をすいつけられたりする等の重大な危険に直面する結果となる。しかも、潜水中の危険は、陸上のそれの如く種々の程度があるのとは異り、その危険から完全に救われるか、さもなければ生命を奪われるという性質のものであり、特に経験の少ない学生が潜水している本件の如き場合は、潜水者の気泡を追つて監視の任につく前に緊急に漂流船源蔵丸をこの海域より遠ざけることが絶対に必要なことであつた。このためには、監視船をして源蔵丸を曳航させる以外に方法がなかつたのである。源蔵丸は、既に誘導ロープの中央部附近の水深一〇米の位置におり、投錨させるにしても、少くとも錨索三〇米以上にしなければならないので、その位置に固定したとしても、錨を中心として半径約二〇米の円内に船が移動し、それも風波の強い海面を考慮するとき、浮上者が直面する前述の危険が十分に存在するのである。当日は、附近に監視船の外に船もおらず、監視船で源蔵丸を曳航して同船を危険区域より遠ざける以外に方法がなかつたのである。しかも、源蔵丸を危険区域より遠ざけるためには、数分を要するに過ぎないから、これを貸与しても、直ちに引き返えさせ、監視の任に当らせることに十分な余裕があつたのである。しかるに、この作業に従事した源蔵丸の船員らは、予期しなかつた故障に興奮し、自船の安全のみを考え、被告人ら学校側の再三の要求を無視して、危険区域を離れても曳航は継続され、沖合に出してしまつたものであつて、被告人らには、この点につき過失がなかつたものである旨を主張する。よつて案ずるに、所論源蔵丸の漂流という事実は、本件潜水実習の実施につき、右実習関係者らにおいて全く予想しなかつた偶然のでき事であつたことは、記録に照らし疑を容れないところであり、かつ、右実習関係者らの口をそろえて供述するところによれば、被告人らをはじめ右実習関係者らが前示漂流の事実を確知した当時の状況としては、原判示の監視船によつて右源蔵丸を曳航し危険区域外に遠ざけることが、本件潜水実習の実施について必要な措置であつたと認められることは、所論指摘のとおりであるが、それでは、右監視船による源蔵丸の曳航に関し、果して実習責任者たる被告人らに全然過失がなかつたといえるかどうかの点について検討してみるに、まず、所論は、本件遭難者たる旭、伊藤両学生が潜水を開始したのは、当日の午後二時五〇分であつて、それから一、二分後に、はじめて被告人らが源蔵丸の漂流している事実を知つたものである旨主張するけれども、当審の証人増田辰良、同岩崎照光に対する各証人尋問書中同人らの供述記載に徴するときは、源蔵丸が危険海面上に近づいて来てその漂流の事実を知つた当初には、未だ右両学生の潜水が開始されていなかつたことが窺われるのであつて、もし、そうだとすれば、実習の指導教官たる被告人らにおいては、まず、潜水上の妨害となるべき右源蔵丸を危険区域より除去する措置を講じ、かつ、監視船が所定の位置に復してその部署についた後安全を確認した上で右両学生の潜水を開始させることが、被告人らの業務上必要な注意義務に合致するものと考えられるのであるから、この措置に出ることなく、源蔵丸が危険海面より脱するのを待たず、かつ、監視船が潜水者の気泡を追つて監視の任につき得る態勢に復するのも待たずに両学生をして潜水を開始させたことには、明らかに前示業務の注意義務に違反した過失があるものといわなければならない。そして、もし、被告人らにおいて、所論のように、両学生の潜水開始後一、二分にして、はじめて源蔵丸の漂流を知つてあわてたものとすれば、そのこと自体がすでに不注意であつたというべきである。何となれば、記録に現われたところによれば、源蔵丸は、そのときはじめて被告人らの前に怱然と姿を現わしたものではなくて、珍しい魚を被告人らの勤務先である水産大学小湊臨海実験場に売り渡すべく、前示潜水実習の行われている附近の海面を航行して右実験場の桟橋に至り、これを拒絶されて帰途についたものであつて、被告人らのいた潜水基地よりは、すべてが十分に見とおし得る状況にあり、帰途にもまた必ず実習海面附近を通過することが予想されていた筈であるから、この船の通過することを全然念頭におかず、または、何らの危険もないものと速断して、両学生をして潜水を開始させたものとすれば、ひつきよう潜水実習に対する危険の予防についての注意が十分でなかつたものといわなければならないからである。なお、仮りに、所論のように、源蔵丸の漂流の事実を知らずに両学生をして潜水を開始させたことには過失がなかつたとしても、監視船をして源蔵丸を曳航させて危険区域外に遠ざけるにあたつては、既に潜水が開始されているのであるから、監視船本来の任務にかんがみ、右の曳航は、必ずや危険区域を脱せしめる限度に止めそこまで行つたら直ちに曳航をやめて本来の任務に復帰し得るようにするため、一たん源蔵丸に泳ぎ着いた被告人宇野が右危険区域を脱するまで同船に止まり、または、監視船の責任者たる増田助手補をして監視船から離れさせぬようにする等適宜の処置を講ずべきであつたと考えられるのであるが、原判決挙示の証拠によれば、被告人宇野は、源蔵丸のロープを監視船に投げ入れ、増田助手補がこれを同船の左舷クラツチに結びつけるや、直ちに源蔵丸から潜水基地に帰つてしまい、更に、監視船の責任者たる増田助手補までが、電話連絡のため基地に呼ばれて、無責任にも監視船から離れてしまつたため、その後、源蔵丸を曳いた監視船が危険区域外に漕ぎ出てからも、これを帰航せしむべく何ら適切の措置に出ることなくして、遂に潜水台東北方五〇〇米の海上に持ち去られてしまい、その結果、二回にわたつて前示潜水中の学生が浮上し救助を求めたにもかかわらず、監視船が附近にいなかつたため、これを救助することができなかつたことが認め得られるのであるから、この点についても、また被告人らにその業務上必要な注意義務を怠つた過失があつたものというべく、いずれの点よりするも、被告人らの業務上の過失を否定することはできないものといわなければならない。それ故、この点の所論も採用に値しない。
同主張の二、について。
所論は、原判決は監視船が潜水海域にいなかつたから、旭、伊藤の両学生は死亡するに至つたというのであるが、両者の因果関係は、必ずしも明白ではない。原判決は、溺死の原因を疲労の結果であると断じているが、何らの科学的裏付がない。旭、伊藤両学生は、遊泳能力が十分にあり、かつボンベ中に空気が残存しており、呼吸のできる状態であつたにもかかわらず、呼吸停止に至つたのは、特殊な潜水生理学的障害によるものと推定される。伊藤の浮上時刻は三時三分(伊藤が浮上したかどうかは後述の如く疑問の存するところであるが)、旭の浮上時刻は三時七分であり、潜水開始が二時五〇分であるから、両学生の潜水時間は一三分ないし一七分であり、深度一〇米ないし一五米の水中遊泳で、疲労困憊し、死に至る程の重労働であつたとは考えられない。もし、多少でも疲労を感ずれば、直ちに任意に浮上した筈である。潜水者が一たん浮上後、極端な疲労状態で沈下したのは、何か水中で特別の事故があつたことに原因すると推定される。即ち旭学生は、足に負傷しているから、水中で何事かあつたと認められ、相当のシヨツクを受けて、あらかじめ大学より指示された浮上速度に関する法則即ち一〇呎を一分の割合で浮上せよとの注意に違反し、急に浮上したため、その結果、エヤ、エンボリズム(空気栓塞)を起したものと推定される。旭、伊藤両学生は、人工呼吸法を実施したとき、普通の溺死者には見られない桃色を帯びた(血液)多量の泡沫を排出しており、エヤ、エンボリズムの症状と完全に一致する。又旭学生の足首附近に傷害が認められているが、これは、潜水前にはなかつたもので、恐らく海底で岩の突角あるいは附着貝殻等で無意識時に負傷し、驚いた結果、一時呼吸を止めた状態で急速に浮上したため、空気栓塞を起したものと断定される。両学生がエヤ、エンボリズムの結果死亡したと認められるから、浮上したとき、たとえ監視船がいてこれを引き上げたとしても死亡の結果は免れなかつたものである。もつとも、浮上したのは、二度とも旭学生であつて、伊藤学生は浮上しなかつたと認められる証拠もある。もしそうだとすれば、伊藤学生は、海中において何らかの事故で死亡したのであつて、監視船の存在とは関係がない訳であるから、いずれにしても、監視船がいなかつたことと右両学生の死亡との間には因果関係が存しない旨を主張する。よつて審究するに、原判決書によれば、原判決においては、旭、伊藤両学生の死因が疲労のため浮揚不能に陥り海中に没して溺死したものと断じていることは、所論のとおりであつて、原判決挙示の証拠中医師沼野元昌作成名義の旭、伊藤両学生に対する各死体検案書記載と原審証人沼野元昌に対する証人尋問調書中同人の供述記載とを総合するときは、右両学生の死因が、いずれも原審認定のとおり、疲労による溺死であることが一応認め得られるかのようであり、もし、そうだとすれば、その死因と被告人らの不注意によつて監視船が潜水海域を離脱していたこととの間に因果関係の存在が肯認し得られるもののようではあるが、しかし、所論にかんがみ、この点につき当審で行つた事実取調の結果について検討してみると、鑑定人古畑種基作成名義の鑑定書の記載と当審第一〇回公判調書中証人古畑種基の供述記載とによれば、右古畑鑑定においては、本件については、旭伊藤両学生の死体の解剖が行われていなかつたため、確実にその死因を判定することは困難であるが、本件記録に現われている所見を総合考察すると潜水病よりも溺死の方が死因としての確率が大であり、右両学生の死因は、結局溺死と推定される旨の結論に達していることが認められ、従つて原審の認定を一応支持する結果が出ているのであるけれども、鑑定人上田喜一作成名義の鑑定書の記載及び当審第一二回公判調書中証人上田喜一の供述記載に徴するときは、右上田鑑定においては、「本件は、死体の解剖を実施しなかつたために決定的証明をあげることはできないが、記録に現われた沼野医師の死体検案書中最も特異と認められる人工呼吸による血性泡沫の呼出という事実に焦点をおき、他の状況が最も合理的に説明し得られる死因を探求すると、結局伊藤、旭両学生の死因は損傷性空気栓塞症と推定される。特に旭学生は、事故発生後短時間内に救出され、人工呼吸を受けたが蘇生し得なかつた点から、少くとも同人の場合は、確実に損傷性空気栓塞症を支持する旨の結論に達していることが認められるのであり、又、鑑定人友永得郎作成名義の鑑定書の記載並びに当審証人友永得郎に対する証人尋問調書中同人の供述記載によれば、右友永鑑定においては、本件伊藤、旭両学生の死因については、死体解剖が行われていないので、これを断定することは不可能であり、あくまで推定の域を脱することができないのであるが、記録に現われた当時の状況や、両学生の健康状態及び死体所見等から考察して、溺死か潜水による損傷性空気栓塞死かのいずれかであろうと思われる。この二つの観点から両学生の死体所見を検討した結果、右両学生は、潜水中何らかの原因で急に呼吸を止めたまま浮上したため、肺組織の断裂―肺内出血―空気栓塞、即ち損傷性空気栓塞症を起して身体の自由を失い、そのために急速に溺死したもの(広い意味の空気栓塞死)か、重症の空気栓塞症を起して呼吸の停止を来し、そのまま沈下したものと考えられるから、鑑定の結果としては、右学生は、海中で損傷性空気栓塞症を起して身体の自由を失い溺死したものか、または、重症の空気栓塞症そのもので死亡したものであろうと推定される。単純な溺死とは考えられない。」旨の結論に達していることが認められるのである。そこで、以上三つの鑑定の結果について考察するに、本件両学生の死因については、単純な溺死であるが、または、損傷性空気栓塞死ないしは損傷性空気栓塞死と溺死との合併したものであるか等の点につき、死体の解剖によらなければ明確には断定しがたい問題を包含しているものと考えられるのであるが、本件事故の発生に際しては、何故か死体の解剖が行われなかつた事実が記録上窺われるのであつて、現段階においては、単に訴訟記録に基づく鑑定のみが可能である状況にあるところ、その訴訟記録に基づく鑑定においては、前示のとおり、各鑑定の結果が相違しておるのであり、しかも、右いずれの鑑定においても、結局推定の域を脱し得ないものであつて、いずれの鑑定を採用すべきかを判断するについても適確なる根拠と理由とを発見しがたいところであるから、ひつきよう、右両学生の死因については、本件に現われたすべての証拠によつても、なお未だこれを確認するに足りないものというべく、従つて、本件公訴事実中旭、伊藤両学生の死因が疲労による溺死であるとの点については、その証明が十分でないものといわなければならない。それ故、本件被告人らにおいて、たとえ前示のように、監視船の問題につき業務上の過失が認められるとしても、右両学生の死因が確認されない限り、その死因と被告人らの過失との間の因果関係の存否もまたこれを判断するに由ないものというべく、結局、本件公訴事実は、その証明がないことに帰するものといわなければならない。してみれば原判決が、その挙示する証拠によつて右両学生の死因の点をも含めて本件公訴事実の全部につき犯罪の証明があるものとして被告人らに対し有罪の言渡をしたことは、ひつきよう、右両学生の死因の点につき審理を尽さなかつた結果、事実を誤認したものというべく、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、本件控訴はその理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に則り、原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、更に次のとおり自ら判決する。
本件公訴事実の要旨は、「被告人海老名謙一は東京水産大学の教授にして水産動物学の講座を担当し被告人宇野寛は同大学文部教官助手にして安房郡天津小湊町内浦七番地所在の同大学の小湊臨海実験場に場長として勤務し同大学々生の水産動物学増殖学の実習及び潜水実習の指導教官なるところ被告人両名は同大学講師猪野峻同大学助手補増田辰良と昭和二十九年六月二十日付を以て同大学々長より同大学増殖学科第三年次第二コース(増殖課程)伊藤国彦、旭寛爾外二十五名の小湊実験場における水産動物学の実習及び潜水実習の指導教官を命ぜられたので同年七月二十八日学生二十七名を引卒して右実験場に到り伊藤国彦、旭寛爾外十一名のA班の学生を同年八月一日より実験場東海岸に設けある潜水台を中心としてその東方内浦湾海中を浅利式潜水器を使用して潜水実習を行い翌八月二日午前九時より同所においてアクアラング潜水器により潜水実習をなさしめたるが浅利式潜水器は潜水中潜水者に陸上よりゴム管にて空気を送る装置しありてゴム管は長さ二十米余にして潜水者の潜水範囲はゴム管の長さに限定され従つて潜水中生命の危険極めて稀であるがアクアラング潜水器は潜水者自身圧搾して空気を充填したるタンクを背負いて潜水しこれより気管を通して口中に空気を吸入しガスを他の気管により海上に排出する装置なるを以てこれを使用し潜水せば陸上よりの制限なきため自由自在に水中を遊泳し得るがその方向を過り遠隔の地域に到り又は長時間潜水して後浮揚する場合は疲労のため独力で陸地に帰還し得ない者もあり同大学の此の潜水器による実習は最初の試みで学生が何等の経験を有せざるため実習の万一の危険を予想しこれを防止するため潜水実習指導者として監視船を用意し実習学生が潜行せば海面に浮揚する気泡を追い監視船を進め潜水者が浮揚して救助を求める場合即時これを救助し得る様業務上の注意をなすべきものにして八月二日午前中の潜水実習には指導教官増田辰良助手補を監視船に乗船せしめて監視に当らしめたが同日午後二時三十分より同所において実習を再開し同二時五十分学生伊藤国彦同旭寛爾にアクアラング潜水器をつけさせ潜水台より東北方六十米、水深十五米の海中に向け潜水実習を開始したので増田助手補を監視船により監視に当らしむべきに偶々潜水台附近に接近し来つた漁船源蔵丸(三頓)が舵を破損し航行不能となり沖合え曳航するため右監視船の貸与を求め来つたが両学生が潜水した後にて正に監視につかしむべく従つて曳航のため貸与し得ざることを熟知しながら被告人宇野寛は潜水台より源蔵丸に泳ぎ着き源蔵丸のロープを監視船に投げてこれに乗船していた増田助手補にその左舷クラツチに連結せしめ恰も監視船を貸与するかの如き態度を取りたるため源蔵丸の漁夫黒川要外一名が右監視船に乗船し来り該船の櫓を漕ぎ源蔵丸を沖に向け曳航し始めたのでこれを中止せしむべきに拘らずこれをなさず被告人海老名謙一は漁夫等の此の行動を潜水台より現認したので実習指導の全責任者として被告人宇野、猪野講師等を指揮して直ちに曳航を止め監視につかしむべきにこれを放任した結果監視船は黒川等に占拠されて源蔵丸を曳航しつつ潜水台東北方五百米の海上に持ち去られ茲に漸く狼狽し伊藤、旭両学生が浮揚して救助を求めた場合の対策に焦慮中同日午後三時三分頃伊藤国彦(伊藤潜水後十三分)が潜水台の東南方約五十米の海上に浮揚し潜水台に向い手を挙げ且つ呼び救助を求めたるが監視船なきため被告人宇野寛は海中に飛び込み伊藤救助に赴きたるも伊藤が浮揚しおる箇所に到着せざる内に伊藤は疲労のため僅か三、四十秒後に再び海中に没し遂に同人を溺死するに至らしめ伊藤国彦が海中に没したる後三分同日午後三時七分頃旭寛爾(同人の潜水後十七分)が伊藤の浮揚地点より更に沖合十米の海上に浮揚して潜水台に向け手を挙げて救助を求めたるも監視船なきため救助し得ず同所附近に遊泳中の被告人宇野は旭に用意したるロープを握らしめ、潜水台まで曳行せんとしたるも同人も極度に疲労し途中にて浮揚不能に陥り海中に没し遂に同人をも溺死するに至らしめたものである。」というにあるが、犯罪の証明がないので、刑事訴訟法第四〇四条、第三三六条に則り、被告人両名に対していずれも無罪の言渡をすることとする。
(中西 山田 鈴木)